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ゴミとモラルと江戸の町

今日のニュースで観たのですが、どうやら今年の花粉は、昨年の2倍だそうです。
これって、花粉症の人にとっては、この上無い恐怖でしょうね。
でもね、皆さん、安心してください。ええ、全然、全く大丈夫ですから!

はい、僕は花粉症じゃありませんので♪(←結局、自分さえ良ければいいんだね)


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すみません、今日の移動中見掛けた風景にあまりにもムカついたので、今日のブログを書きました。
全く面白くも無いので、気分を悪くしたく無い人は、この先は読まないでください。


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春を目の前にして、いよいよ本格的な雪解けシーズンがやって来ました。

そんな雪の中から、ひょっこりと顔を出すふきのとうの花。いずれ芽吹く若葉や、つくしの子。
しかし、中には出て来て欲しく無い、人間のエゴの産物もあるものです。
そう、それは・・・。

『ゴミ』です。

道路の脇、草むらに大量に転がるジュースの空き缶やペットボトル、コンビニ弁当の殻やビニール袋。
今までは純白の雪に覆われ、その姿を隠されていました。
しかしこの季節、暖かな春の日差しのいたずらにより、その姿を露わにしてしまうのです。

負の遺産。美しい自然の景観を台無しにする、心ない人々の仕打ちです。

僕は決してゴミをポイの捨てをしません。
煙草の吸い殻だって、ちゃんと携帯用灰皿に入れますし、空き缶はリサイクルポストに入れています。
何故って、それが当たり前だからです。

でも、そんな当たり前の事が出来ない人々がいる。
自然をまるでゴミ箱の様に扱い、自分の車の中が綺麗ならばそれで良いと考える心貧しい人々。
勿論大部分の人は、僕と同じ様にゴミはゴミ箱に捨てるでしょう。しかし、極一部の人々は、何故かそれが出来ないのです。

どうしたら、ゴミのポイ捨てを防止する事が出来るのだろう?
移動中の車窓から外を眺めながら、ずっとそんな事を考えていました。

そう言えば以前、テレビでこんな話題を目にした事があります。
それは、ゴミのポイ捨ての多い場所に赤い鳥居を立てたら、ポイ捨てがピタリと止んだものです。
宗教とあまり縁のない現代人。それでも、神仏を畏れる気持ちは、多少は残されている様です。

考えてみたら、神社の境内って、ゴミが落ちているのをあまり見掛けませんよね?(もしかしたら宮司さんが拾っているだけかもしれないけど・・・)

 ならばいっその事、街全体を神社の境内にしてしまってはどうだろう?
 街のあちらこちらに鳥居を立て、街全体を一つの巨大な神社にしてしまう。
 そうすれば、その中でゴミを捨てる人もいなくなり、犯罪すらも防止する事が出来るのでは無いか?

と、考えてみましたが、これは無理な話ですよね?
街全体を神社に見立て、「ここは神社の境内ですよ」と言ったところで、そこを訪れる人々がそれを意識していなければ、何の効果も期待は出来ません。
事実、日本最大の神社である『浅間大社(せんげんたいしゃ)』の境内は、ゴミで溢れかえっていた為に、世界遺産に登録されなかったという事実がありますからね。
(※ここで言う浅間大社の境内とは、富士山の事です)

僕らがどれだけ努力しようが、ゴミのポイ捨てを阻止する事は出来ません。
何故なら、それは個人のモラルによるものだからです。
ゴミを平気で捨てる人々が、自分でそれを悪い事だと自覚しない限り、永遠に街は綺麗にはならないのですよ。

あ、一つだけ方法がありました。それは、法律で罰する事です。
シンガポールの様に、ゴミのポイ捨てに罰金を科せば、街は自ずと綺麗になるでしょう。
何しろ、ゴミのポイ捨てをする人々は、基本的に自分の幸せだけを考えている人種ですからね。罰金を取られると思えば、きっと捨てるのをやめるでしょうから。

・・・にしても、そこまでしなければいけないなんて、悲しい事ですよね?

江戸時代の日本は、ゴミに対する意識が非常に高く、どんなものでもリサイクルするのが基本だったそうです。
当然、江戸の町はいつでも綺麗。当時の世界水準と比較しても、圧倒的に美しい町でした。
たまに転がっているものがあるとすれば、辻斬りに襲われた町民くらいでしょうかね?(←それは違う)

車の窓からジュースの空き缶を捨てる。
電車で食べた駅弁は、シートの下に捨てる。
煙草の吸い殻も、平気でその辺に投げ捨ててしまう。

それが、半ば公然と行われる現代。
いつから日本人のモラルはこんなにも落ちてしまったのか・・・本当に、悲しい事です。
by crystalgem | 2006-04-24 22:53
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